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2017年4月

2017年4月 8日 (土)

アラフォー、大学院を目指す

もう何年振り?というブログの更新です。最近ではツイッターばかりになってしまいましてねぇ。(猫背)
今回は、自分の備忘録というか、決意表明というか、どうしても今後の自分のために残しておきたい思い(長文)ができてしまったので、ものすごく長いですが書いておきます。
 
 
 
アラフォー(少し超えてる)主婦兼教師兼2児の母のワタシは、この4月から大学院に進学します。
 
 
数年前から考えていたことですが、子どもたちが小学生になりやっと日々の生活に少し余裕が持てるようになったこと、家族が応援してくれたこと、資金の目途が立ったこと、自分の方向性を確定できる先生に出会えたこと、いろいろな好条件が重なり、「今しかない!」と。
昨年度から研究生として在籍して研究へのリハビリ生活を送り、無事4月の入学を迎えることができました。
 
 
子持ちアラフォーがなぜ大学院を目指したか。
 
 
理由の一つを一言でいうと「閉塞感への抵抗」
 
40歳を迎えたあたりから、自分の人生が下り坂になってきたことを実感し始めたんですね。
そんな悪い意味ではなくて、今までがむしゃらに上ってきたのにふと振り返るとこれから進む道より今まで進んできた道のほうがはるかに長い。しかもこの先下ってねえ?と。
ああ、ワタシはこれから人生のまとめ?に入っていくんだなと。
ただただがむしゃらに生きて働いて子ども育てて…というのは終わりなんだなとなんとなく感じたんですよ。
 
でも、それに抵抗しようとする自分もいる。「いや、まだまだ成長途中やし!アタイまだできる子やし!(気持ちだけは)」て。
 
その「あがき」の結果が大学院進学。ああもう短絡的。
 
 
そして、もう一つ、一番大きい理由。今後の自分のために残しておきたい今の思いです。
 
 
すべての始まりはこの時から。もう9年も前のことです。
 
 
あの時、私は日本語教師を辞めるつもりでいました。

日本語教師って待遇悪くても、仕事きつくても、「やりがい」の一言でなんか押し切られちゃうんですよ。人からも、自分でも。でもそれで収まるのってホント数年で、わたしは「その先」「その末路」を明確に見てしまった。ああ、もう駄目だな。と。
でも、時の流れと「結局アタシほかに自信もってできることなんてないんだな」でなんとなくうやむやにし、震災で別の学校から切られたこともあり、悩んだ末に元の学校に復帰しました。
 
 
 
復帰にあたってワタシが自分に課したルールが2つありました。
必要以上に授業を工夫しないこと。
必要以上に学生とかかわらないこと。
 
 
 
 
 
この言葉から、自分を守るためです。
「あなたを卒業クラスに残したら、土壇場で交代した次の先生が苦労するし、下のクラスに入れたら、卒業クラスの学生から間違いなく苦情が出るから、今やめてもらうしかない」んだってさ。
 
もう2度とあんな思いはしない。
普通の教師でいよう。時間を切り売りするただの非常勤でいよう。
楽しく授業できて、時給がもらえて、それでいいじゃないか。
そうやって1年を過ごしました。
 
 
結果、あんなに好きだった仕事がつまらなくて苦痛でしかたなくなりました
 
 
そらそうだよ。授業は「どうやったら楽しくわかりやすくなるか」をあの手この手で工夫するから楽しいんだし日本語学校の醍醐味は「学生の成長を間近で見る」ことだもん。この2つを放棄したら楽しいわけがない(気づけよ)
 
何よりも、自分自身成長ができない日々の繰り返しが苦痛で仕方がなかった。昨日と同じ今日を迎えるのが嫌で嫌でしょうがなかった。
 
 
じゃあ、今まで通りやればいいじゃん。
 
それは無理。時が解決したと思っていたけど、あの出来事は私が思っていた以上にトラウマになっていたようで。「自分が頑張った結果切られちゃった」が怖くて怖くて。これ、自分の人生を否定されることだからね。
 
 
そんなこんなでまた辞めることを考えていた復帰2年目。2つの出会いがありました。
 
1つはその年に持った最上級クラス。打てば響く、その響き方がこちらの想像を超える。そして意識が高い。気が付けば自分のルールを破って持てる力全部を使って学生に対峙していました。
 
もう1つはその年に組んだ担任の先生。このクラスの到達目標をどこに置くか、それを考えたうえで個々の教師が今何をするべきか。長期的な視野になってクラスと教師をコントロールしていく。ええ、驚くことにいなかったんですよ。これができる担任が。その采配の下でする授業がこれまた楽しい!その采配に沿ったアイデアを出すのも楽しい!
 
今振り返っても、この1年を超える充実した年はなかったなぁ。。。
 
 
そして1年が終わり、我に返って思いました。「アタイ、何やってんだろう・・・」
 
 
長く続けるため立てたルールを何簡単に破ってんだよと。
でもね。また味気ない日々に戻るのは本当にイヤだったんですよ。だからこのままでいこうと。
 
でも頑張れば頑張るほど自分の心がざわざわざわざわする。時がたてば忘れると思っていたあの時の気持ちは胸の中でヘドロ化して悪臭を放っていました。
追い打ちをかけるように、ちらほら常勤講師の声もかかるようになってきました。「子ども育ってきたし、そろそろいいんじゃね?」と。
 
 
 
頑張れば頑張るほど頭にちらつくあの呪いの言葉。
 
 
「あなたが普通の人だったら残せたのに」
よい教師であろうとすることはいつか自分の首を絞めるという矛盾。
よい評価を得るということは自分の雇用を脅かすという矛盾。
それなりの授業が安定であり、「私にしかできない」授業は危険であるという矛盾。
 
 
たくさんの矛盾を抱えて、ワタシは一生懸命頑張ることも、適当に流すこともできなくなってしまいました。
 
 
このままじゃだめだ。
 
 
このままじゃワタシは本当にダメになる。
 
 
わたしの貧相な発想力では「自分を変える」以外の解決方法を思いつきませんでした。
 
その結果が大学院進学。
まあ「常勤になってよ封じ」という効果もあります。やっぱ短絡的ですね、うん。
 
 
でも、今の私には必要な一歩だったんです。本当に。
 
この先ワタシがどこへ向かうのかはわからない(なんとなくの方向性は持っています)
現状から逃げだすための悪あがきの一歩だったような気もする。

それでもこの一歩が苦痛なく「昨日とは違う今日」を迎えるための一歩だと信じたい。
 
そして下り始めた「中年坂」を「いや、まだ上ってるやん」と勘違いしながら全速力で駆け抜けていきたい。全速力で。膝が壊れるまで。
 
 
今私はそう思っています。
 
 
長い、とりとめのない文章。ことばにすれば陳腐でくだらない思いです。
 
 
最後までありがとうございました。

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