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2012年8月 4日 (土)

人生で出産の次に長かった夜

先日。
「明日は今学期最後の授業」という夜。

朝からプールではしゃぎ、昼はのんびりビデオを見、夕方は近所のお店でソフトクリームを食べる。充実の一日を過ごした我が家の長女ナツはいつもより早く、19:30には布団に入りました。

ほどなくナツもユズも寝息を立て、寝付いたかなー?と思ったころ、

ナツが突然の嘔吐

ホント突然。何の前触れもなく。
あわてて洗面所に連れて行くも、どうも目つきがおかしいし足元もふらふら。
熱を測ると37度と少し。たいしたことはないし、単に眠いのかと一応冷やしてもう一度布団へ。

すると二度目の嘔吐と失禁!!!

しかもそのまま白目をむいて失神。呼びかけてもゆすっても反応なし!!!

パニックです。大パニックです。でもだめだ、今うちにはワタシしかいない。落ち着け、落ち着いて対処しよう、よし、落ち着いたね、大丈夫。で、どうする?

うん、救急車。

世間様になんと言われても、白目むいて意識を失った5歳児を救急車以外で助ける術を知りません。

救急車を要請し、待っている間に老公(オット、仮名)帰宅
救急車が到着し、私が付き添って救急病院へ。ユズは老公に託す。(寝ていてよかった・・・)

救急車の中では呼びかけに少し反応するものの、ガタガタと震えっぱなし。救命士さんによると、これは熱性痙攣が疑われると。

熱性痙攣。はい、知識としては知ってますが、熱ありませんが?

救急車の中で測ると38.8度。いつの間にそんなに上がったのだ。

その後、救急病院についたナツは採血と点滴で元気に泣き叫び、親の私は安堵しました。
お医者さんの説明では、やはり痙攣、特に熱性痙攣が疑わしいと。
しかし、嘔吐や失禁も痙攣の一種と考えれば、熱性痙攣にしては断続的に続きすぎており、ほかの病気の疑いも捨てきれないと。(具体的にはてんかんの発作など)
つきましては、熱が下がるまで経過観察が必要になるので、入院をすれと。

入院自体には是非もないのですが、個室か大部屋を選べといわれました。
大部屋は、特にお金はかからないが、面会時間(午後3時から)以外の付き添いはできないので、ワタシは帰宅。
個室は付き添い可。つか必要。差額ベッド代は12600円なり。
ちなみに私もはじめて知りましたが、病院のベッド代というのは一泊いくらではなく一日いくら。つまり一泊すると2日分かかります。

さすがに、意識を失ったまま病院に運ばれた5歳児が、朝起きたときの驚愕を想像すると一人にしておくことはできず・・・泣きながら個室をお願いしました。

その後、血液検査の結果を聞き(問題なし。私的には先日のひざの怪我の影響も疑ったのですが、数値的にそれもありえないと)、肺のレントゲンを取り、入院手続きをし、学校にメールで事情を説明して明日の授業を休ませてもらい(病院だから電話がかけられない)、すべてが終わったのが夜の11:30。「いったんご自宅に戻られますか」と言われ、そら入院準備があるので戻りますと答え、夜間で入り口からお外にぽいっと出されました。

えーー・・・・・・・。ここはどこ?

目の前には真っ暗な駐車場、その先にはうっそうと茂る林。ワタシはパジャマ(ナツのゲロ付き)
本日3度目の本気泣きです。
そら病院の名前はわかりますがワタシここはじめて来ました。どうしよう。本日3度目の本気でどうしよう

とりあえずだだっぴろい病院の周りをうろうろすると遠くに明かりが見えたので、そちらに向かったら大通りに出られました。運よくすぐにタクシーも捕まり。

おそるおそる自宅の地名を告げたら、「ああ、線路のあっち側ですね。」と。
そもそもここは線路のどっち側でその線路は何線ですか(泣)。
事情を説明すると、とても親切に道を説明しながら帰ってくれました。ありがとう、運ちゃん。

入院準備と家のこと、老公といろいろ打ち合わせて病院に戻ったのは1:30ごろ。ナツは目覚めて看護婦さんとお話してました。大部屋でよかったじゃん。

その後、大して眠れぬまま朝を迎え、すでにナツは平熱。ただ、経過観察のためもう少し入院が必要とのこと。ナツを大部屋に移し(移ればベッド代が1日分ですむ)いったん帰宅することに。
老公は仕事を休み、ユズの面倒を見てくれていました。
死んだ魚の目で帰ってきた私に飯伏幸太名勝負特集のビデオを見せてくれました。ありがとう、癒された。
少し睡眠をとって、再び病院へ。寝るまでナツにつきそい、夜は帰宅。
お医者さんから、異常は見られないので明日には退院できると。

そして、退院時の説明。
熱性痙攣であるとは思うが、断続的に続いた痙攣から、てんかん発作の可能性は捨てきれないこと、そのため8月中に脳波の測定を行うこと。
もしもう一度それまでに痙攣が来たら、すぐに病院にかかり、脳波検査を早めること。
脳波検査までは水泳禁止(水の中で痙攣が起こったら死にます)。2,3ヶ月は予防接種禁止、1年くらいは抗ヒスタミン剤禁止。

とりあえず、ナツはけろっとしているし、日常が戻ってきましたが、怖くて子どもだけにしておくことはできません。
「自分の子どもは健康」という根拠のない自信はとっくの昔に捨てているので、検査を受け、きちんと受け止め、最善の対処をしていこうと思います。

今回の教訓。

子どもの医療保険って、こんなときのためにあるんだね!(入ってませんでした)

それにしても、なんて疲れる夏休みなんだろう(泣)

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