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2008年7月

2008年7月31日 (木)

水遊び

ナツを連れて、ママ友と水遊び公園へ行ってきました。

Photo この水遊び公園、浄水場の中にあります。

だから常に浄水もカンペキ。下手なプールへ行くより安心です。
深さはご覧のとおりなので、小学生とかには物足りないかも。ナツくらいのちびっこにはプールに行くより手軽な水遊び場です。

Photo_2

水汲みに夢中。

Photo_3 帰りのひとコマ。

仲良し3人組に見えるでしょ?

この直後、すっ転びました。

一人が転んだら手を離すという知恵はないようです。

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2008年7月30日 (水)

箱入り娘

Photo我が家の一人娘、ナツ。

なぜか洗濯かごの中でTV鑑賞中。

干されちゃうよ~。

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2008年7月28日 (月)

夕焼け?

Photo 今日の夕方は雷と夕立(豪雨)と夕焼けと虹が同時に出るという世にも珍しい日でした。

あまりに珍しいので「降りしきる雨と雷の中、真っ赤な夕焼けに浮かぶ虹」というのを撮影してみたのですが、うん、伝わんない。見事に再現されてない。

心の眼を開けば、虹ぐらいは見えるのではないかと思われ。

さて、話は変わって。

昨日久しぶりに後輩で日本語教師であるところの奴隷Dと会ってきました。
彼のことは旧サイトの旅行記とか中国日記とかでさんざんいじりまくっているので合わせて読むと楽しさ倍増です。

奴隷Dはすでに私の支配(?)を離れ、某日本語学校で専任講師として働いています。そんな彼のことを敬意をこめて元奴隷Dと呼ぶことにします。
元奴隷Dと、私と、こちらで知り合った元同僚K嬢(最近中国より帰国)。3人で「中国について心行くまで語り合う集い」を開催しました。

中国生活経験者がそのおかしくも理不尽に満ちた体験を話せる場はなかなかなく(知らない人に話したらがっつり引かれること間違いなし)これでもかと思い出話を語りまくりました。

北京オリンピックも近づいていますが、あれから変わっているんだろうか、中国。
テレビで見る限り、変わってる気がしないのですが。
そして、「むしろ変わらないでほしい」と思っているワタシとD。

ああ、あれ?「ゾンビと闘うよりゾンビになるほうが楽」ってやつ。
(私は中国でそうやって生きてきた。)

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2008年7月20日 (日)

やっぱり思い出せません

こんな日記を書いてからはや2ヶ月。

この2か月、夫婦二人で頭をひねっていたのですが、どうしても思い出せない、結婚記念日。

いや、調べれば一発ってのはわかっているのですが、なんか負けた気がする。
個人的には18日のほうがあやしい。
去年、18日にレストランを予約した気がする。(思い出し方間違ってます)

まあ、今年はそんな小さな問題はおいといて、(小さな?)
今日20日にホテルに中華を食べに行くことにしたのです。

なぜ中華かというと、絶賛つわり中のワタシがかろうじて食欲がわかんでもなさそうなこともやぶさかではない感じがしたのが中華であり、
なぜ今日かというと、日曜日限定でバイキングがあるから。これが老公(オット)の心をわしづかみしたので。

んで、今日の午後に予約電話をしたのですが、

すでに満席。

「はよ、予約入れんかい!」というお叱りごもっともでございます。
んが、金曜日の夜にナツが40℃の熱を出したので、行くこと自体がビミョーだったんですぅ。(ちなみに熱は翌日の朝すっかり下がっていました。そのことを予想して薬も出さなかったドクターE、すげぇ。)

大人しく今日は味噌汁と納豆でした。
そんなあっさり夫婦。
これからもヨロシクネ★老公

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2008年7月16日 (水)

「あなたが普通の人だったら残せたのに」

つわりが耐えられなくなってきた妊娠11週。
ナツの時より辛いです。たぶん。
なぜ「たぶん」かというと、昔のことはきれいに忘れているからです。
午後から夜にかけて全く食欲が出ないので、3キロほどやせました。
まあ、私の体重なら、10キロ減っても元気な赤ん坊が産める自信ありなのでだいじょうぶでしょうが。

さて、連日退職ネタで恐縮ですが、昨日、学校からさらにお話がありました。

「考えたんだけど、やっぱり冷たすぎる扱いだったから、事務で残ってみない?(要約)」

一瞬「ブログがばれたか?」と青くなりましたが、どうやらそうでもなさそうです。
この時期の退職に不満を感じていたのは伝わっていたようで。
冷静に話したつもりでしたが、やはりロコツに顔に出ていたのかも。イヤン。
いつも申請時期にはお手伝いをして小銭を稼いでいたので、そのこと自体には抵抗はないのですが、実際、人手が足りなくなる時期は1ヶ月もないし、それで4か月残されても悪いしなぁ、と思って、御配慮には感謝しますが、大丈夫ですとお断りしました。

そのとき、タイトルの言葉を言われました。
べつに私が普通じゃないとか絡みづらいとか必要以上に声がでかいとかではない(と思いたい)。
結局、私が抜けた後に入った先生に、不満が出ることを指しているようです。
実際、去年の11月に担任を外れたクラスで起こりました。
でもわたしたった1ヶ月しか教えてないし、不満が出たのも教師が頻繁に変わるせいだと思ってました。学校側はそうだと思っていなかったようです。

教師として評価されたような、否定されたような。
学生を引き付けるいい授業ができることは教師として必要ですが、
次の先生へきちんと引き渡せることも重要だとは思っています。
懐かせるだけが教師じゃない。
ずっと自分の課題にしていたことをばっさりと突きつけられて軽く落ち込みました。

でも、あえて反論するなら、
担当の先生が変わって不満が出るのはものすごく普通のことだと思ってます。
それをいちいち真に受けるほうが学校としておかしいだろ。
私自身に対する不満も出たことがあるし、私に不満を言ってきた学生もいます。

その対策として、中途からクラスに入る時に私が最初にしていることは、
①「不満があったら遠慮なく言え」という。私に言いにくければ、担任の先生でもいい。授業は、先生と学生が一緒に作っていくものだから
②組んでいる先生に根回し。もし不満を言ってきたら、「2週間我慢しろ」と言ってもらう。

かけてもいいですが、新しい先生に対する不満というのは、よほどのことがない限り2週間で収まります。
おさまらない場合は、ホントにまずいので何とかしなければなりません。

その2週間を待たずして評価を出すのはいかがなものかと。
わたしが常勤だったら絶対に阻止しますけどね。
あと、2週間で収まらない先生の場合は、むしろ雇ったほうの責任が重いかと。

うーん、またグチグチと愚痴になってしまいました。
明るい話題としては、今後の仕事については、一応明るい兆しが見え始めています。
本決まりではありませんが、捨てる神あれば拾う神ありですね。ありがたいです。

Photo 最近ぎすぎすした話題ばかりなのでなごみ系を。

クリスピークリームの店員になったナツです。

最近ちっとも静止していないので写真が大変です。

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2008年7月12日 (土)

心がポッキリ折れた後

というわけで、心がポッキリ折れた女、咲ねぇさんです。

やっぱり、一人になると思いだして涙が出たりする不安定な日々を過ごしております。

そんな中で、今後のことを考えてみました。

まず、やはり12月までは働きたい。
できれば収入を確保したい、ということもありますが、ナツが通っている保育園を辞めたくないという理由もあります。
いろいろな年代の子に混じって、いい経験をしているようにみえることがひとつ。
それから、私の出産時、里帰りもせず、近隣に親戚もいないため、頼らざるを得ないため、あまりブランクを作りたくないというのが一番の理由です。
今から私とべったり暮らして、出産時2週間近く(帝王切開の予定なので)保育園へというのはさすがに心配。

というわけで、ダメモトで就職活動を始めました。
12月までという半端な期間でそう見つかるとも思えませんが、12月までクラスを増やしたり、1月以降クラスを減らしたりする学校もあるので、もしかしたら。。。
あの人に相談して、あの学校に連絡して…
そう予定を立てて、行動を始めたら、ずいぶん気持ちが楽になりました。
幸い、どうなるかはわかりませんが、あってくださる所も見つかったし。

前向きになるためにはまず行動ですね。
こんなことは初めてじゃないし、これが最後でもない。
日本語教師として続ける限り、いつも覚悟していなければならないことです。
担任としてカリキュラムまで作っていたのに学生数の減少を理由に解雇になったこともありました。
今の学校が居心地が良すぎて、忘れていました。

日本語教師は自分の腕と人脈だけが頼り。

これからずっと続けていけるかどうか、その力が残っているかどうかはわからないけど、とりあえず目先のことから頑張ろうと思います。

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イッパイイッパイだった理由

「家庭で洗えるコタツ布団」が洗濯機に入りきらない現実。(クリーニング代3000円)

軽いつかみでこんばんは。咲ねぇさんです。

すっかり久しぶりの更新になってしまいました。
いろいろと身辺が落ち着いてきたので、近況報告&事情説明です。
きっと長くなりますが、どうぞお付き合いください。

さて、まず。

先月、第2子の妊娠が分かりました。
ただ今10週目、一般的に言うところの3か月です、はい。MEGUMIんとこと同じです。だからどうした。
そろそろほしいと思っていたところなのでとてもうれしいのですが、大した努力(?)もなく授かったことに驚き。老公の第一声も「いや、そんなにしてな・・・(検閲削除)」
・・・ともあれ、この歳で、自然に2人もの子どもを授かるのは、本当に恵まれていると思います。感謝です。
現在は軽めとはいえ絶賛つわり中。ナツの相手と家事(食事の支度が地獄)でヘロヘロです。仕事はむしろ気が紛れるので助かっています。

んで。

当然の義務として、学校には妊娠の報告をしました。
12月の能力試験対策終了までは勤められるし、できればここまで勤めたいこと。
ただ、学校の都合もあるだろうから、学校側の希望があれば、それには従うこと。
以上のことを伝えました。
この時点では、私も軽く考えていました。
復帰の時点で、「早い時期に第2子をを考えているが、それでもいいのか」という確認をしてあったこと。
4月の時点で「今年中に妊娠したい」と伝えてあったこと。
12月まで勤めれば、一番大変で、一番大切な時期は過ぎるし、そのあと3か月は実質オマケみたいなもんだから、誰がやってもいいだろうし。

でも、学校の判断は違ったものでした。
「早急に試験対策ができる代わりの教師を探すつもりだ。なので、できれば教師が見つかった時点で交替してほしい。」
一緒に組んでいる担任の先生からは
「10月に担当教師が交替したらクラスが落ち着かない。1月に交替したら後の先生が大変だ。夏休み後からは別の先生に入ってほしい。」

それからは針の筵でした。
毎日のように言われる
「後の先生が見つからない」
「先生が見つからないから、今後の予定が立てられない」
「咲先生がそんなに熱心にやっていると、後の先生が大変だよ」
「どうせ咲先生は抜けるから・・・」
断わっておきますが、全く悪気があったり、私を責めたりしておっしゃっているわけではありません。それはよくわかっています。(そういう方です)
でも、原因が自分という負い目、妊娠中というホルモンバランスが崩れやすい時期でもあり、「困ったなあ」という一言でも、必要以上に過敏に反応し、傷ついてしまっていたのです。

そして、今週、一応の結論が出ました。
後任の先生のめどが立ったこと、
担任の先生が夏休み後の担当教師の交代を強く推していること
12月までという半端な時間で別クラスに入ることは難しいこと。
以上の理由で、夏休みまでで「産休」に入ってほしいといわれました。
私は非常勤講師なので、「産休」とはつまり事実上の「退職」です。

学校の判断に従うことはすでに伝えてあったので、その場では冷静に話し、帰宅しました。

ドアを開けたとたん、

心が

ポッキリ

折れた。

声をあげて泣きました。号泣しました。
なぜ12月まで勤めてはいけないのか。
なぜ手塩にかけたクラスから抜けなければならないのか。
妊娠したことがそんなに悪いことなのか。
自分はそれほどの価値しかない教師なのか。
今思い返しても我ながら理不尽な理由でわんわんわんわん泣きました。
妊娠中ということもあり、感情の起伏が激しいのでしょう。

夜になってから、少し冷静に自己分析をしてみました。

まず、学校の対応。
対策授業ができるのが私しかいないという現状がそもそも異常。即戦力の教師を入れたいのは当然。
担任の先生も学生のことを第一に考えての発言なので理解できる。
私自身も「学校の判断に従う」と明言している。
ゆえに、学校の対応は妥当。

では、なぜにこんなに悔しいのか。
①私は試験対策授業にかなりの自信があり、私以上にうまくできる人はそういないと思っています。また、自分という教師の影響力の大きさも知っています。現に、今まで私が抜けたクラスでは少なからずトラブルになることが多いです(咲先生に戻してくれと)。そういうことを避けるためにも、わたしは学生と個人的な付き合いをするのを極力避けています。
→だから、12月までこのクラスを持ったほうがいいと思ったのに、自分の意見が通らなかったことが悔しい
②単純に今の学生たちが好きだから離れがたい
③扱われ方の「重さ」が気に食わない?→私の意見をもっと尊重してほしい

考えても、考えても単なるわがままのような気がしてきました。
でも、割り切れない、納得しきれない思いが消えないんです。

私は、学校にとってとても「使える」教師だったと思います。
どんなレベルでも、どんなクラスでも、どんな授業でも対応できた。
クラスや時間の変更にも、文句も希望も一切言わなかった。
それは私も以前は「使う」側の立場だったから。その苦労がわかるから。
でも、「使える」教師とは、「都合のいい」教師だったんですね。
その結果が、学校の「都合のいい」時期に退職です。

どうきれいにつくろっても、妊婦が職場に迷惑をかけることはわかっています。
「子は社会の宝」と言っても、その事実は隠せません。
だからこそ、私はできる限りの対策はしてきたつもりです。
復帰する際に、あまり長くは働けない、それでもいいか、と確認して快諾をもらっていました。
新学期になる前に、中級以上を教えられる教師がいないというのはおかしい、わたし自身もどうなるのかわからないのだから、経験の浅い先生もどんどん中級クラスに入れてほしいと進言していました。
私が育てますとまで言っていました。
でも、その進言は受け入れられず、中級以上はわたしと専任の先生中心で組まれ、私の妊娠→あわてて即戦力探し→交代 となりました。

ここまで思いが至って、足もとからへなへなと力が抜けていくのがわかりました。

10年、私が積み上げてきたものはなんだったんだろう。
腕と、経験と、信頼を積み上げて、
結局わたしは学校に都合よく使われるしかなかったのか。
自分の意見は何一つ通らず、
結局学校のコマとして動くしかないのか。

時間貸しの「非常勤」だから仕方がない?
ではどうして「右腕」として扱われるの?
給与体系からカリキュラムまで意見を求められるの?

結局、非常勤の立場でありながら、学校運営にまで食い込んでいた私は、都合よくつかわれ、都合よく切られる存在でしかなかった。

10年必死で頑張ってきた結果がこれか。

もうやめようか。

私が教師を辞めるときは、学生を愛せなくなった時だと思っていました。
でも、今はもう虚しさしかわかない。
学生のために頑張ろうという気力がわかない。
こういうこともあるんだなってしみじみ思っています。

思い込みが激しすぎるのかもしれない。
わがままかもしれない。
妊娠中だからこその感情の起伏かもしれない。

わかっていても、ぬぐえないもやもやを文字にしてみました。
今はもう少し落ち着いていますが、また後日書きます。(さすがに長すぎる)



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2008年7月 4日 (金)

いろいろとイッパイイッパイ

すっかりご無沙汰してしまいました。(土下座)

最近、身体的にも精神的にも無理がきて凹むことが多く、更新もストップしておりました。
凹んでいる事実も状況もあまり変化がありませんが、身体的にはかなり回復したので更新です。
精神的に凹んでいる原因はおいおい書こうと思っていますが、とりあえず最近の状況について。

先週の土曜日からナツが発熱しておりました。
まあ、ずっとではなく、土、日、水、木と明らかに私の勤務の合間を縫って発熱しておりました。なんて親孝行な娘なんだ。

・・・・って、感心してる場合じゃねぇ。

ここはひとつ、バシッと休ませてすっぱり直したほうがいいと今日(金曜日)の授業は代講をお願いし、休むことに。
情けないことに私自身も看病疲れと睡眠不足がたたり、かなりグロッキーだったので。

基本的に私はあまり寝ない人間です。
睡眠時間はだいたい4,5時間でしょうか。2時前後に寝て6時に起きるというパターンかな。
授業準備ということもありますが、最近はナツな寝たあとしか自由時間がなく、うれしくてうれしくて寝てなんかいられないというのが本音です。
疲れが睡眠でしか癒されない老公(オット)からすると考えられない存在のようです。私からすれば、9時に寝てしまう30代後半のほうがどうかと思うのですが。

しかし、最近のわたしのへたれっぷりをみかねた老公が「今日はナツを寝かしつけてお前も寝れ」と命令。
普段の私ならそんな命令屁でもねぇのですが、昨夜ばかりは従うことに。

結果。

午後9時から朝6時まで爆睡。

熱で1時間おきに泣いていたナツも熟睡したようで、一度も起されることはありませんでした。
いやー、今日一日が快適だったこと。体が軽い!(でも腰は痛い!<持病)
やはり人間、時々でもしっかり寝ないとですね。

老公、ありがとう!
そしてごめんね。寝場所占領して。

彼は寝る場所がなく、リビングで寝たらしい。

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